2023.07.06

お買い得な割引食品の情報を「見える化」し、食品ロスを削減する

学術研究院環境生命自然科学学域(工)環松井 康弘さん

Profile

環境生命自然科学学域 持続可能社会システム学分野の教育・研究を担当
2022年度岡山大学SDGs推進表彰(President Award)学生グループ分野・優秀賞受賞
岡山市学生イノベーションチャレンジ推進プロジェクト・準グランプリ受賞
(写真:左)

 今回のSDGs Personsは、環境生命自然科学学域で持続可能社会システム学分野の教育・研究を担当されている松井康弘准教授(写真左)にお話を伺いました!松井准教授は、2022年10月にデパート・スーパー食品売り場のライブ中継による食品ロス削減プロジェクト「のこり福キャンペーン」を実施しました。このキャンペーンは、松井研究室所属の因幡亮汰さん(2022年度卒業,写真右)と共に、DS(データサイエンス)部、環境部ECOLO、SDGsアンバサダーと協働して企画・運営されました。具体的には、売れ残りを防ぐことを目指して、店舗の食品売り場にライブカメラを設置し、中継画像・商品名・価格・割引率のデータを配信するスマートフォン用のシステム開発を行い、市民の方々にお買い得な情報を随時提供してその購入をサポートしました。
 このプロジェクトは、2022年度岡山大学SDGs推進表彰(President Award)学生グループ分野・優秀賞、岡山市学生イノベーションチャレンジ推進プロジェクト・準グランプリを受賞しています。
 「のこり福キャンペーン」の詳細については、こちらのプレスリリースをご覧ください。

 

見込み生産、食べ残し、過剰な仕入れ、根強い商習慣・・・大量の食品ロスが発生する原因


2022年度岡山大学SDGs推進表彰取り組み発表会にて発表を行う松井准教授

――はじめに岡山県の食品ロス量と、食品ロスが発生する原因を教えてください。

 岡山県が推計した2019年度の食品ロス量は12.9万t、その内訳は家庭系が3.7万t、事業系が9.2万tになります。我々が焦点をあてたのは事業系で、その内訳は食品製造業が6.7万t、外食産業が1.2万t、食品小売業が1.1万t、食品卸売業が0.2万tです。
 食品ロスが発生する原因として、製造業の場合は実際の注文が届く前に生産する「見込み生産」があります。食品の製造には、ある程度仕込みの時間が必要ですが、仕込み前に注文が届かないことも多く、受注前に数量等を予測して製造することになります。発注数量は様々な要因で変動し、予測数量と完全に一致させることはできませんので、予測がずれた場合でも確実に発注数量を納品するために予測より多めに製造する必要があり、過剰な製造が食品ロスにつながることになります。また、不良品や印字のミス、パッケージのへこみなど製造上の不具合によるものもあります。例えば、段ボール1箱に入っている食品のうち、1つでもパッケージがへこんでいたり穴が空いていたりすると、まるまる1箱ごと廃棄されてしまう実態もあります。
 外食産業の食品ロスの原因は、食べ残し、仕入れすぎと仕込みすぎです。客数を予想して食品の仕入れや仕込みを行いますが、日によって客数は変動し、客数が見込みを下回ると食材が余って食品ロスが発生することになります。最近は、外食産業でこうして余ったものを安く提供するフードシェアリングサービスが盛んになってきており、例えば「TABETE」というサイトや、売れ残りのパンを買い取って夜に販売する「夜のパン屋さん」という活動、駅で期限切れが近い食品を自動販売機で販売する取り組み等が行われています。
 小売業の場合、販売数を予測して仕入れますが、スーパーは売り切れが許されない業界だと思います。お客さんが来店したのに、商品が売り切れて販売機会を失うことを「チャンスロス」と言いますが、例えば各スーパーで「前年度比〇%の売上増」といった業績アップの目標を掲げて商売されている中で、お客さんが来たのに売る商品がないのは許されない面はあると思います。どうしても余分に仕入れ、過剰に仕入れると売れ残りが出て食品ロスになります。また、スーパーの棚は生存競争が激しく、売れ行きの悪い商品は食べられるものでも棚をあけるために撤去することがあります。他にも商品のパッケージが新しくなったら前のものは廃棄、キャンペーンで用意した景品は販売できないので廃棄、クリスマスケーキや恵方巻きなど季節のイベントが終わったものは廃棄など、様々な理由で食品ロスが発生しています。
 卸売業の場合、「3分の1ルール」と言われる商習慣があり、これは製造事業者・卸売事業者、小売事業者、消費者の3者が製造から賞味期限までの期間を3分の1ずつ分け合うという商品管理の考え方です。例えば、賞味期間が6ヶ月の食品の場合、製造事業者・卸売事業者が小売事業者に納品できるのは製造後2ヶ月以内(賞味期限の3分の1まで)、小売事業者が消費者に販売できるのは製造後4ヶ月以内(賞味期限の3分の2まで)と管理期限を設定し、これら期限を越えた食品は納品・販売できません。3分の1ルールは、法律や規則で決められているものではありませんが、商習慣として根強く残っているため、賞味期限前でも廃棄を行う過剰とも思えるような品質管理が行われています。

――厳しい商習慣のもと過剰な品質管理をし続けているのは、日本特有のことなのでしょうか?

 3分の1ルールと同様に、納品期限を設定して品質管理を行うことは海外でもみられますが、その期限がアメリカは2分の1、ヨーロッパは3分の2というように、日本の方が期限設定が短い状況があります。日本の気候が湿潤なこともあってか、日本人は衛生管理・品質管理の意識が高い面があり、そうした意識が基準を厳しくすることにつながり、基準に合わないものが増え、食品ロスも増えることにつながります。最近では、少しずつ納品・販売期限を緩和する動きが進んでいて、食品ロスの削減が進みつつあると認識しています。

 

取組のきっかけは、デパートやスーパーで売れ残るお寿司やお刺身を見て感じた「やりきれなさ」


のこり福キャンペーンのチラシ

――のこり福キャンペーンに取り組まれた背景を教えてください。

 前年度まで修士の学生が食品ロスについて研究しており、スーパーから出る食品ロスを福祉施設に持っていって使っていただく場合にどの程度有効利用できるポテンシャルがあるのかを検討しました。推定した結果、福祉施設では提供するメニューや使用する食材・日程が決められており、そうした利用実態に合わせて利用できる食材は、スーパーから出た食品ロスの2割弱程度であることが分かりました。
 一方、先ほども少し触れましたが、最近では売れ残り・規格外の食品等を割引価格でネット上で販売し、事業者と個人をつなげるフードシェアリングサービスも広がってきています。修士の学生が実習で訪問した姫路市では、食品ロスを「タベスケ」というサイトに掲載し、売れ残りの食品を割引価格で買いたい人たちにお店に買いに来てもらうサービスを提供しています。そこで、食品関連事業者において発生する食品ロスを個人が利用する場合、どの程度マッチングすることができるかを試算することにしました。あるスーパーの周辺1.5kmの商圏内の生活困窮者の方がお店で発生する余剰食品をどの程度使うことができるかを試算すると、現在発生する食品ロスの7割程度を使える可能性があるものと推定され、小売事業者と福祉施設の間より小売事業者と個人の間のフードシェアリングの方が高いマッチング率を達成できる可能性がある、ということが明らかになりました。
 現在、食品ロスを生活困窮者等の方に取り次ぐために、ボランティアのフードバンクの方々が一生懸命取り組まれていますが、こうした食品の管理・運搬にはお金や人手がかかります。フードバンクはその運営資金を寄付に頼っており、こうした善意・無償の取り組みでは規模を拡大して長期的に継続するのは難しい面があるように感じています。食品ロスのマッチングを持続可能な仕組みにするためには、なるべく身近な範囲でお金・手間の負担を小さくすること、また食品を利用する方にある程度お金・手間を負担いただくことも必要な視点と考えています。こうしたことを考え合わせ、 食品ロスになりそうな売れ残り商品の割引情報をネットを通じて幅広い市民の皆様と共有し、購入を希望する方々が対価を支払って自ら取りに来ていただく仕組みが良いのではないか?という発想に至りました。
 また、個人的な背景として、私自身は夜の閉店前の時間帯にデパートやスーパーに買い物に行くことがありますが、美味しそうなお寿司やお刺身が売れ残っているのをたびたび見かけます。お寿司やお刺身は魚の中でも最上級の部位が提供されていますが、半額になっても閉店間際に売れ残っており、中には2,000円ぐらいのファミリー向けのものが残っていることもあります。私は二人世帯ですので買って帰っても食べきれず、心の中でお魚に謝りながら見送って、 何ともいえないやりきれなさを感じていました。一方で、「このお刺身は半額にしても売れない、魅力のないものなのか?」という率直な疑問もあり、「もしかしたら他の人に売れ残っている食品の割引情報を知ってもらえば買ってもらえるんじゃないか?」と考えたのが、今回の取り組みの原点です。

 

キャンペーンを通して岡大生に食品ロス問題を考えてもらうことや参加事業者同士のつながりができることを目指して


2022年度岡山大学SDGs推進表彰取り組み発表会にて発表を行う松井准教授

――参加事業者((株)岡山高島屋、岡山大学生活協同組合・ブックストア、生活協同組合おかやまコープ・東川原店、(株)天満屋ストア・ハピーズ津島店、(株)フレスタホールディングス・フレスタ津島店、両備ホールディングス(株)・森のマルシェ柳川店)の方々は快くのこり福キャンペーンの主旨に賛同頂けましたか?

 もし1年前にキャンペーンの協力をお願いしていたら、このキャンペーンは実現できていなかったかもしれません。
 事業者の環境の取り組みは、以前は大企業などがイメージ向上に向けた広報活動のような位置づけで取り組まれていましたが、近年はカーボンニュートラルやSDGsの取り組みが主要な経営目標として位置づけられるようになり、本腰を入れて取り組む実践フェーズに変わってきたと思います。食品ロスも近年報道等で頻繁に取り上げられて注目を集めるようになり、そうした世の中の趨勢が事業者の皆様からの協力を後押ししてくれることで実現できたように思います。

――岡山大学に近いスーパーさんに参加をお願いした理由はありますか?

 まず自分が所属する足元で取り組むことを優先的に考え、岡山大学、特に学生に参加してほしいという思いがありました。岡山大学はSDGsを看板にしていますが、近隣から学生のごみ出しのマナーの悪さを指摘されることもあり、学生のSDGsに対する意識・取り組みが十分に浸透していない可能性があります。のこり福キャンペーンでお得に食品を買うという経験を通じて、食品ロス問題を考えるきっかけにしていただきたいと考え、学生の生活圏である大学最寄りのフレスタ津島店やハピーズ津島店に参加協力をお願いしました。のこり福キャンペーンのアプリ登録者数は467名でしたが、職業別でみると会社員が157名、次いで学生の登録数が91名で、そのうち81名が岡山大学の学生でした。地域別でも岡大周辺の市区町・中学校区が最も多く、フレスタ津島店・ハピーズ津島店・岡大生協の近隣学区が166名で、当初の狙い通り岡山大学の学生・地元地域から最も多く登録いただけました。

――デパートの岡山髙島屋・おかやま生協にも参加をお願いした理由を教えてください。

 デパートにお願いしたのは、参加いただく方の裾野を広げる意味で、スーパーと異なるカテゴリーのデパートとそのお客さんに参加して頂きたかったからです。
 また、私の研究室では以前からおかやまコープに協力をいただき、これまでも食品ロスに関するデータを提供いただいて研究を進めておりました。生協は公共性のある団体でSDGsについて先導的に取り組んでおられる実績もあり、のこり福キャンペーンへの参加をお願いしたところ、快くご協力いただけました。食品ロスの問題解決には、1社だけ、1人だけの個別の取り組みでは限界があり、今回のキャンペーンをきっかけに様々な事業者の方に連携していただくネットワークを構築することも模索したいと考えています。

 

キャンペーンで得たデータや課題を今後の食品ロス削減へ活かす


アプリの画面

――のこり福キャンペーンを振り返って、反省点や課題点があれば教えてください。

 期間中の登録者数が467名で、登録時期はキャンペーン1週目が274名、2週目が88名、店頭チラシでの告知が主体となった3週目以降は減少しました。またキャンペーン期間中のログインユーザー数は延べ1,008名で、キャンペーン期間の終盤に利用者が少なくなっていました。キャンペーン後に利用者を対象としたアンケート調査を実施したところ、「売場画像が小さすぎて見えなかった」との回答が最多の28.6%であり、身近なアプリ利用者に意見を聞くと「画像が更新できない」、「画像が横表示・拡大できない」、「更新日時が分からない」等の問題点が挙げられました。アプリの画面の見やすさ、表示すべき情報の追加、直観的な操作のしやすさという点では課題が残っており、改善を図る必要があると考えています。また、「利用したい店舗が配信対象に含まれていなかった」、「自分の買い物の時間帯と配信時間帯が合わなかった」との回答が同じく最多の28.6%であり、情報提供の対象についても拡充が必要と考えられました。
 また、一部店舗ではアプリ利用者に対するポイント還元・景品等の特典を提供し、アプリ上でクーポンを発行していましたが、キャンペーン期間中の割引情報の総閲覧数2,665件に対してクーポン表示件数は255件と1割未満にとどまりました。アプリ利用者の郵便番号や性別、家族人数などの属性情報とクーポン表示のログデータを分析し、どういう属性の人がいつの時間帯にクーポンを利用したか、要因分析し、割引食品の購入促進に役立てようとしていましたが、ややデータ数が少なく、十分な検討に至っていないのが現状です。
 今回のキャンペーンでは、環境部ECOLOとSDGsアンバサダーの学生の皆さんの協力により、割引食品の画像を目視で読み取って商品名・割引価格・割引率等のデータを手入力していただきました。かなり手間のかかる作業になりますので、今後は食品の販売データをアプリに取り込むことや割引食品の画像からAIで文字を読み取ってデータ化すること等、アプリ運用上の作業負担を軽減する仕組みを考える必要があります。

――のこり福キャンペーンが終わり、今どんな研究をしていますか?

 キャンペーンによって食品ロスをどれだけ削減できたのか、2021年10月と相対比較を行っています。キャンペーン期間の2022年10月の食品ロス量は、前年10月比でA社では79%の約2割減、B社では70%の約3割減、C社では44%の半分以下という結果でした。また、キャンペーン翌月の2022年11月の食品ロス量は、前年10月比でA社24%、B社51%、C社41%と減少傾向が続いていました。その理由としては、本キャンペーンによって利用者の割引食品の購入を喚起したこと、また翌月11月も利用者の割引商品の購入に対する意識・習慣が継続したことが考えられます。また、ある参加店舗の方からスタッフの意識が変わったとのお話を聞いており、割引食品の販売・食品の発注などにおいて食品ロス削減の意識が高まったことも一因となっている可能性があります。
 また、アプリ利用者を対象として実施したアンケート調査のデータ分析も進めています。一つの分析結果として、「アプリ閲覧後に割引食品購入のために利用した店舗なし(64.3%)」、「同利用した店舗あり(35.7%)」の2つのグループに分けて比較すると、前者は「キャンペーン前と比較して割引商品を購入する機会が増えた」との回答率が33.3%であったのに対して、後者は75.0%であることが明らかになりました。アプリの情報を閲覧した後に割引食品を購入する行動により、割引食品の購入をより増加(強化・習慣化)させる可能性があるものと考えられ、こうしたこともキャンペーン翌月の食品ロス減少傾向の継続の一因と考えています。

――のこり福キャンペーンは食品ロスを削減しながら、参加事業者、学生、市民の方々それぞれにメリットがあるプロジェクトでした。今後のこり福キャンペーンをもう一度実施する可能性はありますか?
 
 割引食品の購入は、購入者にとっては割安で購入でき、小売事業者にとっては商品の廃棄による損失を避けることができ、食品ロスの廃棄物処理に関わる環境負荷も削減できる、市民・事業者・社会それぞれにとってメリットがある一石三鳥の取り組みです。のこり福キャンペーンは、割引食品が売れ残っていることをアプリを通じて多くの方に知ってもらい、お得に購入してもらうことで食品ロス削減に取り組んでいただく方の裾野を広げるとともに、食品ロスやSDGsを考えるきっかけにしていただきたい、という思いで企画しました。
 のこり福キャンペーンの取り組みはこれからも継続したいと考えています。対象は、今回協力いただいた事業者の方の希望があれば継続いただくこと、また他の事業者・業種の方へと横展開することが考えられます。 特に、コンビニエンスストアからの食品ロス発生は各社ともに問題解決を模索しているところであり、今後の取り組みの対象として優先度が高いと考えています。

 

食品ロス削減を達成するには1人1人が「もったいない」と思う感覚を大事にして、全員参加で行動していくこと


2022年度岡山大学SDGs推進表彰にて学生グループ分野・優秀賞を受賞

――食品ロス削減達成へ向かうには、どんなことが大事だとお考えですか?

  食べることは、動物であれ植物であれ他の生物の命を頂くことであり、命に対する感謝を忘れてはならないと考えています。誰しも子供の時には、家庭や教育の場で「食べ物を大切にすること」を繰り返ししつけられ、食べ物を捨てることに対する「もったいない」という道徳感覚を身につけていったご記憶があると思います。今は、お金を出せば簡単に食べ物が手に入る便利な世の中である反面、食べ物に対する道徳感覚が薄れていっているように感じられます。食品ロスを削減するためには、子供の時に身につけたはずの食べ物に対する道徳感覚を思い出して意識いただくことが第一歩になると思います。
 最近の希望の持てる出来事として、食品ロス削減の取り組みの一つである「てまえどり」が、「2022ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に選出されました。「食品ロスを減らしたい」、「食べ物を無駄にしたくない」という思いが少しずつ社会に広がっていくことを期待しているところです。
 岡山県の食品小売業から発生する食品ロスは1.1万t、1日当たり約30tと膨大な量であり、フードバンクや環境意識の高い個人だけで解決できる問題ではなく、岡山県の産官学民が「自分ごと」として考え、全員参加で取り組んでいただく必要があります。例えば、事業者は発注の仕方や商品の管理基準を工夫する、私たち市民はてまえどりや割引商品の優先的購入に取り組むといったように、それぞれができることを役割分担し、連携・協力するネットワークを構築することが必要です。こうした課題も視野に入れ、大学教員として貢献できることを模索しながら、引き続き食品ロス削減に取り組んでいきたいと考えています。

――松井先生、ありがとうございました!
 

© Okayama University

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